「批判理論」「言語権」から英語教育を考える

「批判理論」「言語権」から英語教育を考える 
                                 柿元 悦子  (九州産業大学)

現在英語は、地球上で最も普及した言語として認識されており、アメリカを中心とした
使用国の政治・経済力、および情報メディアとしての力を考慮するとき、国際コミュニケ
ーションにおける最重要語としての地位を築き“Global Language”という名称を冠される
ほどである。日本においては、“国際化と英語使用の同義化”とも言える、英語至上主義
的考え方が蔓延している。2000年1月,故小渕首相の私的諮問機関「21世紀日本の構想」
懇談会が「英語公用語化」を提唱し激しい論争を巻き起こしたことは記憶に新しい。
「公用語化」と聞けば極論に過ぎると思う人々にあっても、来年度から施行される新学習
指導要領に従って小学校において英語会話の学習が可能になり、中学校において外国語
が必修化、他の外国語ではなく「英語」の履修に限られると聞いて、異議を唱える人はむしろ少
数派かもしれない。
 このような中で、英語が現在に至った歴史的経緯を十分検討しないままに、“Global Language”
と称されるている現状をそのまま認めることが、日本において国民の義務教育期に行う外国語学習
の、事実上唯一の選択肢を定める根拠の一つとなって良いだろうか。この疑問が本発表のスタート
となるが、ここに含まれる疑問点は二点ある。1)外国語学習は一言語に限られべきか。2)そしてその
学習言語は英語であるべきか。また、どのような英語が教えられるべきか。本発表では、多文化主義
・多言語主義の観点から、グローバル化の中での真の国際化とは何かを考えつつ、まず第一番目の
問題を考察する。第二番目の問題には、「自己アイデンティティーを核としたコミュニケーションモデル」
を提案し、日本人の英語使用の問題を「言語権」の観点から考察する。その際に、国外ではRobert 
Phillipson 等、国内では津田幸男等による「批判理論」家たちの論考をその手がかりとする。
Comments